序.

 常葉の姫巫女の失踪は、国長の正妻である蓮姫の出産と時を同じくしていたために、さほどの醜聞にはならずに済んだといえよう。
 その時誕生したのが姫であったため、その姫を常葉の姫巫女の後継にという話も多く出たが、世継ぎ空木の君が病がちゆえ、立ち消えになった。
 次の男子が望まれたが、身体の弱かった蓮姫は生まれた姫君が三つを数える前に儚くなり、蓮姫を深く愛していた国長がその後、妻を迎えることはなかった。

 さて、姫君は暁時に生まれたため、名を暁姫という。
 母の蓮姫も、兄の空木の君も病弱であったが、暁姫は父方の血が強く出たのか、きわめて健やかに成長した。それゆえか不思議なことに暁姫は、儚げな蓮姫よりも、父の同母妹である常葉の姫巫女によく似ていた。
 常葉の姫巫女は俗名を凪姫と言ったが、凪は凪でも嵐の前の凪、普段はしとやかで大人しいもののその胸に渦巻く気性は強く、一度決めれば決して引かない激しさを胸に秘めた女人で、そのため、野分の君、いなさ姫と綽名されることあった。野分、いなさは共に台風のことである。
 そのような凪姫を常葉の社に閉じ込めておくことが出来るのか、凪姫が常葉を継いだ時から人の口に上ったものだが、案の定の失踪であった。
 暁姫が常葉の後継に置かれないのは、一つには確かに兄の空木の君の病弱があったが、同時に、暁姫の容姿があまりにも凪姫に似すぎているためも、今一つにはあった。

 凪姫の失踪後、常葉の社は姫巫女不在のまま、既に十五年余りの時が過ぎていた。



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